平成27年1月1日以後の相続税については、基礎控除の4割縮小や最高税率の引き上げ等による増税が実施されています。同改正は、富裕層に対する増税ばかりではなく、課税対象者の拡大が特徴であり、相続税に対する多くの関心が寄せられています。

 

1、持分あり医療法人

(1)概要

 平成19年3月31日以前に設立された医療法人は、出資者である社員が「持分」を有し、退社時の持分払戻請求権と解散時の残余財産分配請求権の2つの権利が保証されている法人であり、持分あり医療法人と呼ばれています。

 持分あり医療法人は、法人格を持つため、例えば医療法人の理事長が亡くなった場合でも、医療法人の法人格は消滅せず、役員の人数が充足していれば、理事長を交代することで事業承継の手続きは完了します。ゆえに、個人開業診療所よりスムーズに相続・事業承継が可能です。

 ただし、医療法人の持分が問題となります。持分とは、「定款の定めるところにより、出資額に応じて払戻し又は残余財産の分配を受ける権利」をいいます。これは、株式会社でいう株のようなものです。持分あり医療法人の場合、当該持分は相続・事業承継時の時価で評価されます。出資額ではなく、時価で評価するため、医療法人に利益の蓄積があればあるほど、持分の評価額は大きくなり、相続税や贈与税は当該評価額を基準に課税されます。

 つまり、持分あり医療法人の相続・事業承継においては、後継者は先代の出資した持分をどのように引き継ぐかが重要な注意すべきポイントになります。

(2)持分の評価

 持分あり医療法人の出資持分の評価は、財産評価基本通達による評価となり、「類似業種比準価額方式」と「純資産価額方式」および、「類似業種比準価額方式と純資産価額方式の併用方式」により算定します。

 類似業種比準価額方式とは、事業内容が類似する上場株式の株価を基に、自社の配当金額・利益金額・純資産価額の3要素を比較することで評価を算定する方式です。尚、医療法人は上場できない法人のため、類似業種の分類については、「その他の産業」となり、配当は禁止されているため利益金額と純資産価額の2要素を基に算定します。

 純資産価額方式とは、課税時期における法人の正味財産価値で評価しようとする方式です。この場合の正味財産価値については、法人の持つ個々の資産および負債について、財産評価基本通達を基に評価することになります。

 類似業種比準方式と純資産価額の併用方式とは、従業員数・年間の取引金額・純資産価額を基準に法人規模の区分を判定し、当該規模により定められた割合に応じて類似業種比準価額方式と純資産価額方式を併用して算出する方式です。尚、併用方式により算出した評価額が純資産価額を上回る場合は、純資産価額方式を採用することができます。

 

 

(3)第三者への事業承継

 持分あり医療法人の大半は、都道府県の指導により厚生労働省の「社団医療法人モデル定款」を基に自らの法人定款を定めています。これによると、社員資格の喪失には「除名・死亡・退社」の3パターンがあります。

 退社して第三者に事業承継する場合は、その出資額に応じて払戻しを受ける事になります。この「出資額に応じて」とは、払戻し時点での時価で払い戻すと解釈されています。出資が時価で払戻しされ、利益が出た場合は、その利益部分の金額は配当所得となり、所得税・住民税は総合課税となります。尚、払戻しの際は所得税が源泉徴収され、確定申告時に配当控除の適用を受ける事が可能です。

 退社せず、社員の地位を保ちながら第三者に事業承継する場合は、前理事長が新理事長になる第三者に出資持分を時価で譲渡し、持分あり医療法人の財産権を譲ることとなります。この財産権は税法上、有価証券として取り扱われ、前理事長は株式等の譲渡に係る譲渡所得の申告が必要となります。

 

2、基金制度を採用した持分なし医療法人の相続・事業承継

 平成19年4月1日以後、持分あり医療法人の新設が認められなくなったことにより、基金拠出型医療法人制度が創設されました。

 基金拠出型医療法人は、持分なし医療法人のうち基金制度を採用している法人をいいます。個人開業医が組織変更により、基金拠出型医療法人を設立する場合には、その設立時に運転資金や医療用機器など法人運営に必要な資産を「基金」として拠出することができます。

 相続税を計算する際の基本財産評価額は、基金として拠出した金額が限度となり、持分あり医療法人のように含み益部分により評価額が多額になるということはなく、基金として拠出した金額が相続財産となります。

 

<相続が発生した場合の医療法人承継手続き一覧>

 

3、個人開業医の相続と事業承継

(1)親族への事業承継

 生前にご子息等へ承継する場合には、個人で所有している診療所経営に関わる土地・建物・医療用機器等をどのように移動するかがポイントです。移動方法には、①譲渡 ②贈与 ③賃貸の3パターンがあります。譲渡の場合は譲渡価額、贈与の場合は相続税との税負担の兼ね合いなどを試算しながらベストな方法を選択する事になります。

 相続により承継する場合は、被相続人の遺産は、診療所経営に関わる財産も含めて、全相続人の分割対象となります。遺産の構成が診療所経営に関わる財産に偏っている場合には、診療所経営の継続に必要な事業用財産を後継者が相続できず、円滑な事業承継の妨げになる恐れがあります。

(2)第三者への事業譲渡

 第三者への事業承継においては、診療所の土地・建物・医療用機器等の有形資産のみでなく、患者集客力・信用等の無形資産を含めて、売却価格を双方で合意する必要があります。

 尚、通常は診療所の有形固定資産の譲渡による所得は譲渡所得に該当します。 

 

4、後継者がいる場合の事業承継手続き

(1)現院長の主な廃業手続き

①保健所

 診療所廃止届

 X線装置廃止届

②厚生局

 保険医療機関関係事項変更届出書

③公共職業安定所

 雇用保険適用事業所廃止届

④労働基準監督署

 労働保険確定保険料申告書

⑤税務署

 個人事業の廃業届出書

(2)新院長の開業手続き

①保健所

 診療所開設届

 X線装置備付届

②厚生局

 保険医療機関指定申請書

③公共職業安定所

 雇用保険適用事業所設置届

④労働基準監督署

 概算保険料申告書

 保険関係成立届

⑤税務署

 個人事業の開業届出書

 所得税の青色申告承認申請書

 青色専従者給与に関する届出書

⑥都道府県福祉事務所

 生活保護法指定医療機関指定申請書

 

 

 相続税の負担軽減策として有効な生前贈与対策。しかし、贈与税は急カーブの累進税率のため相続税の税率と贈与税の税率を比較検討し、早くから計画的に行うことが重要です。

 また、実行する際の留意点には以下のようなものがあります。

 

1、名義預金

 相続税の申告のときに、子の名義の預金が、親(被相続人)のものと疑われることがあります。つまり、子の名義の預金でも、親から生前に贈与されたものなのか?子の名義を借りただけのものなのか?ということです。子の名義を借りただけということであれば、子の名義の預金は親のものとして、相続税の対象となります。

 贈与する場合には、親の通帳から子の通帳へ贈与金額分の振り込みを行い、通帳・印鑑も子が管理する。また、110万円を超える贈与をして贈与税の申告書を税務署に提出することや、贈与契約書の作成も重要です。

 

2、不動産の登記名義

 住宅資金を親が出したのに、子の名義で登記した場合や、子名義の家屋に親が増改築をした場合には、贈与とみなされ贈与税が課税されます。

 また、子が親から借り入れをした際には、親子間でも金銭消費貸借契約書を取り交わし、毎月必ず銀行振り込みで返済することで、将来的リスクを軽減できます。

 

 


 

 

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